雷に打たれる、ということ・・

昔から、たとえとして、「雷にうたれたような」という言い回しが使われていることは知っているが、自分のこれまで生きた人生の中で、果たしてそのような体験はあっただろうか?・・というようなことを、最近考えてみた。
しかし、悲喜こもごもと、多少の驚きに似た体験はあるが、「雷に打たれた」というようなバリューのある体験は存在しない。いや、存在しなかった。

しかし、ほんの数日前に、とても素敵な言葉に出会い、それがまさに、「雷に打たれた」ような体験だったのです。
その言葉とは、作家井上靖さんの、
「命をかける価値があるのは、自分を表現することだけだ」
という、素晴らしい言葉でした。

とあるテレビ番組の中で、井上靖さんが語っていた言葉なのですが、その番組を見ていた私は、その言葉を眼にして、なんとすごい言葉だろうか、と思わず胸を高鳴らせたのです。
それは、まさに私には、雷に打たれた思いでした。

ここで井上靖さんのことを少しおさらい。。
井上靖さんは、1936年(昭和11年)に京都帝大卒業と同時に毎日新聞大阪本社へ入社され、記者生活をつづけながらも、文芸活動をなされていたのですが、それでもこの「命をかける価値があるのは、自分を表現することだけだ」ということに気がついて、1950年(昭和25年)に「闘牛」を書き、第22回芥川賞を受賞しました。井上靖42歳の時だそうです。そしてその翌年に新聞社を退社し、執筆活動に邁進することになったのです。

井上靖さんは、自分は物書きだから、物を書くしか脳のない男だから、自分はこれに命がけで自分を表現しようと決意されたそうです。

言葉の持つ力とは、本当にすごいし、素晴らしいですね。
言葉に刺激を受けるということは、まさに雷に打たれるような気がします。
結局は、自分が何に刺激を受けるか?ということでしょうか。

About sneaker