複雑性悲嘆と、断捨離と、・・

家族や連れ合いなど身近な人を亡くし、いつまでも続く悲しみのことを「複雑性悲嘆」(ふくざつせいひたん)と言うのだそうです。

普通、身近な人を亡くしても、日々その悲しみは薄まり、通常であれば、3ヶ月ほどが涙にくれる期間(悲哀の期間)といわれています。そして半年を経た頃には、日常の生活に戻れるのだそうです。

その頃になっても、悲しみが続くようであれば、それは「複雑性悲嘆」です。

また、断捨離(だんしゃり)とは、不要なモノなどの数を減らし、生活や人生に調和をもたらそうとする生活術や処世術のこと。と辞書にはあります。

基本的にはヨーガの行法、「断行(だんぎょう)」、「捨行(しゃぎょう)」、「離行(りぎょう)」という考え方を応用して、人生や日常生活に不要なモノを断つ、また捨てることで、モノへの執着から解放され、身軽で快適な人生を手に入れようという考え方、生き方、処世術である。と、Wikipediaには載っています。

さらに引用して紹介すると、

断=入ってくる要らない物を断つ
捨=家にずっとある要らない物を捨てる
離=物への執着から離れる

と、あります。

8月ももう終わろうとしております。
この8月4日で、私ども家族は、19歳の息子を亡くして半年になりました。

そして、昨日も一昨日も、私ども親はまだ泣いております。

母親は、それでも亡き息子のことを少しでも忘れようとして、息子の古い衣類や記念物などを日々捨てております。

先日は、息子の生まれたときに赤ちゃんの足に付けられる、母親の名前が記されたタグ足環を悩んだ末に捨てておりました。

「なにもそんな物まで・・」と、私は止めに入ろうとしたのですが、腹を痛めた母親がそこまで気持ちの整理をするのには、それだけの思いがあるに違いないのです。
男親の私は、だまって見ているしかありません。

私ども親は、まさに「複雑性悲嘆」の模範生徒かもしれません。・・
何かにつれて、息子を、息子との思い出を、思い返してしまうのです。

そこには、忘れてしまうことの恐れや辛さも入っているのかもしれません。
息子の事を、いつまでも忘れたくない、・・という強い思いがあるのかもしれません。
忘れたくない、という強い思いのことを、何と言うのでしょうか?・・

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