海層(階層:格差社会)を考える

「海層」という語を辞書でひろってみたら、「海層に一致する情報は見つかりませんでした。」と出た。
なんだ、そういう単語はないんだ・・などと私は思った。
つまり「海層」とは、私が思いつきで書いてみた言葉である。

そこで、「炭層」として再び辞書で引くと、「地層中の石炭の層」と出た。
ようするに、私の思惑では、「海層」とは、海中の深度に応じて生きている魚群の種類を言い表したかったのだ。
しかし、それを言い当てた言葉があるのかないのか、私は知らない。
海中の深度とは、私の考えでは、収入の差による深度である。
つまりは、海層とは、人間の生きる社会階層のことなのである。

最近、「ママ・カースト」なる言葉を知った。
それは、「主人や奥様の職業や収入、そしてそれに応じて子供の学校や住んでる場所で格付けし合うこと」をいうらしい。
つまり、貧富の差や生活スタイルの違いに根差した子を持つお母さんたちのことをいうのだった。

この「カースト」の意味は、インドの社会階級制度(カースト(英語:caste)とは、ヒンドゥー教にまつわる身分制度である。紀元前13世紀頃に、アーリア人のインド支配に伴い、枠組みがつくられた。)のことであり、それを、現代日本のママたちに応用した言葉なのである。

私の「海層」も、人間社会の貧富の差を、海中の深度に応じて生きる魚群にたとえたのも、発想は同じかもしれない。
それは、海層を越えて生きようとしても、ライフスタイルの違いで、はじき出されたり、いじめにあったりして、結局は交じり合えない、つまりは生活できないことを意味する。

「ママ・カースト」という単語が発生したのにともない、「スクール・カースト」や、「クラス(学級内)・カースト」なる新語も出現した。
「クラス・カースト」で顕著なのは、親の収入の格差により、スマホやパソコンなど常に新製品を持ち、塾や生活様式も異なることから、同類のクラスメートだけがグループを作ってしまい、他の生徒を仲間はずれにしたり、またひどくなると、弱者をいじめるように、同じ製品を持ってない生徒を蔑んだり、差別するということらしい。

こうなると、単に格差社会ともいっていられなくなるな・・などと、私は思うのだ。
私が特に危惧するのは、子供が、自ら稼いだ金で相手を差別化するのではなく、単に親の収入により優位に立っているという卑怯な位置関係である。
こういう子供たちが、親の経済的優遇に恵まれて、有名塾に通い、優位的に優秀といわれる有名大学へ入学し、そして卒業し、日本の舵取りをするであろう職業に多く就いた日本国家の行く末である。

子供たちには、何の罪もない。
格差社会は、貧困の連鎖をうむ社会ともいわれる。
問題は、親の収入により、子供の受ける教育に格差が生まれるというシステムだろう。
生まれたときから、勉学に格差がついているという現状が問題なのだ。

何よりも、こういう社会構図を作ってきた、教育制度や、行政や、政治システムの問題だろう。
二世議員が増加する背景にも、こういったシステムの欠陥が見え隠れする。
こういう社会が古い日本にもあったように思う。
それはたしか「江戸時代」だったような。
「士農工商」などという身分制度の社会に戻ったように感じるのは、私だけだろうか・・

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