シナリオと私・・

先日から、書店に並べられていた、「シナリオを一度あきらめた君へ」という本が気になっていた。
手にとってパラパラと目を通してみただけなのだが、やはり気になっていた。
それは、タイトルが気になったといっていい。

そう、私は、これまでシナリオを3作品ほど書いたことがあり、そのうちの1本を、とある有名メディアが募集するシナリオ大賞に応募したことがあるからである。
それは落選してしまい、それ以来書いてなかった。

私がこれまで書いたものは、小説の数に対して、シナリオは圧倒的に少ない。

小説は、行間を読者の想像力の力を借りて埋めて作品を完成してゆくのに対して、シナリオは、登場人物の表情や背景や台詞(せりふ)や空間などを擬音まで含めて説明を入れて完成させてゆく。

シナリオ作成は、ある意味こまい作業なのだが、それだけにイメージが相手に伝わりやすい作用がある。それは、小説作法にとってもプラスになると私は思ったのである。

しかし、私がシナリオを書かなくなったあの日から、ずいぶんと時間がたってしまった。

そこに、今回書店で見たこの本「シナリオを一度あきらめた君へ」との出会いである。

私は思い迷ったあげく、結局その本を手に取り、レジの前に並んでいた。
そして、その本は、今は僕の部屋の机の上にある。

この本を買ったということは、私にどういう作用をもたらすのか、今はまだわからない・・。

【追記】
シナリオについて少々。
ラジオドラマのシナリオを書いたこともありますが、映画やTVドラマのシナリオと異なることに戸惑ったことがありました。
ラジオの場合は、映像がない分、音の要素が重要になります。例えば、擬音や、バック音楽など。・・また、台詞も音です。

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