「生きとし生けるもの」・・(山本有三著)

「生きとし生けるもの、いづれか歌をよまざりける」と紀貫之は古今集の序で言っていますが、あらゆる生物は、はたして、みな歌をよむものかどうか、わたくしは知りません。

 しかし、どんな形をしていようとも、この世に生きているものは、なんらかの意味において、太陽に向かって手をのばしていないものはない、と思います。

 一木一草はもとより、アメーバのような微生物から人間に至るまで、太陽に対して出来るだけ広い座席を取ろうとして、争っています。

 おそらく、物質的にも精神的にも、光を求めることが、生きとし生けるものの本性ではないでしょうか。

 しかし、お互いにより多くの光をあびようとする結果は、あるものは、光を得て栄え、あるものは、それが得られないで衰えていきます。

 同じ生をこの世に受けながら、乏しい光しか恵まれないために、やせ細った人々がたくさんあることを思うと、胸が痛みます。

 けれども、天空に高く、広く枝を張っている大木は、地上に大きなかげを作るからといって、その枝を切り取らなければならないものでしょうか。
 ・・・。

 「生きとし生けるもの」、作者の言葉より(大正十五年九月:山本有三)

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山本有三さんの、この「生きとし生けるもの」も再々読になります。
その最初の「作者の言葉」がとても気に入っているので、私のブログでも冒頭部分をご紹介してみました。
大正十五年九月といえば、1926年であり、昭和元年でもあります。
文章は年(とし)をとりませんね。
というよりも、人間の思考は年をとらないというべきかもしれません。
90年近くも前に書かれた文章なのに、現代に置き換えても何ら不思議さを感じさせません。
いろんな文章に触れることで、私は教えられることばかりです。

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